安達正興のハード@コラム

Masaoki Adachi/安達正興


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日本帰省日記 (2)
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( 2016年 12月 1日 木曜日)


●10月30日、曇り、やや暑い
今日は一日予定がない。家内と奈良へ、まず国鉄奈良駅にあるJRレイルパスに立ち寄って、一週間有効パスの発行と、グリーン席のチケットを揃える。
11日から一週間、広島、宮島、山口、博多、長崎、五島列島へ家内と旅行するの。切符の数が相当あるが、日程を詳細に組んだので、列車便なども調べ済みである。

幸い朝早く来たので、すぐに順番が回ってきた。調べ済みの時間と列車を示すと、実にテキパキ画面で処理してくれた。とはいえ。3・4枚のキップではない、20枚は超えるグリーン車の指定席である。それなりの時間を要する。後ろを振り返ると、待ちの列がドドっと増えている。

拙子はこう見えても小心だから、済まなくて気がきではない。切符を準備しているお兄さんに、「随分並んできましたね、すみませんね」というと、いえいえ、これくらいはまだなんでもありません」ときた。

で全てのチケットが終わると、一枚ずつ拙子に見せて読んで確認する。で「もう読まなくていいですよ」と拙子があたふたというと、「これは私どもの義務でして、読んで確認しないと我々が困ります」ですと。
いやはや日本式であることよ。

さて、旅行の新幹線は全て整った。JRパスでは「こだま」に乗れないおで、とても残念。しかし、こだま以外の新幹線グリーン車ならいつでも空き席があるので、便利である。

●奈良まち散歩
妹が国鉄奈良の辺りで用事があるというので、送ってもらったが、終ったら電話せよということだったので、電話、日本滞在中に使う拙子のガラケーを持っているので安くれ安心して使える。家内は、拙子と妹など数人とだけの電話に限った携帯を持たせてある。

国鉄なら駅も家内の目から見ると、すっかり変わった由である。先家内と帰った時もこの辺りは歩かなかった。何しろ1965年から2年少しをならまちの真ん中で暮らした時の記憶だから、そりゃ変わってます。方向感覚まで狂ったようです。

妹に近鉄奈良駅まで送ってもらって、さて家内はどれくらい歩けるか。杖を持っているので、ゆっくり歩けば、2時間は大丈夫。階段を降りるのだけは避けねばならぬ。
東向きから餅飯殿へ、昔住んでいた陰陽町のいえは、前に見てすっかり取り潰され、会社だかアパートになっていたので、見る必要はないとのこと。餅飯殿の古本屋さんで「奈良叢記」を買う。部分的に図書館でコピーしたが、やはり一冊あれば良い。日焼けがひどいくらいなんでもない。実にやすかった。

餅飯殿商店街は、シャッター街から活況を取り戻したといえ、雰囲気が今様で、もはや地元の商店街の風情はない。やたらと外国人が多く、悪いけど目障りといえば目障りだな。餅飯殿を抜けたところで東寺林町の方へ折れて、下御門を北に猿沢池に出る。

ここで家内は「ポチ」がいると顔をほこぼらせる。ポチとは彼女が奈良時代に勝っていた犬で、小さなマルチーズ犬で、これがリボンをつけてもらっておじさんと散歩、石の橋柱にワンチャンを載せて、本人は一服つけているところ。家内がひとしきり話しておじさんも日本語で話せるのが気軽いのか、よもやま話に花が咲く。

猿沢池の池周り、西側に腰掛けるように作ったような低い柵があり、休憩する。それにしても鯉は少なく、亀も少なくなった。

ちょうどお昼時、少し並び待ちして、家内が気にいている店に入る。全店個室風で天ぷら定食、二人で600円なり。これでやっていけるのかなと思う廉価である。とにかく日本の外食産業は競争が激しいせいか、不思議に安値である。旅行者にはありがたい。

今日は2時間近く歩きました。ちょうど良い。帰りは電車で、ピタパは実に結構なシステムでありますな。






Pnorama Box制作委員会


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