安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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奈良零れ百話・苦行をやめた釈迦
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( 2015年 10月 12日
曜日)


痩せた名僧をテーマに回を重ねました。最後は苦行にやせ衰えた若き釈迦の姿です。

●エピローグ
思春期のころ(拙子にもあった)ヘルマン・ヘッセをよく読みましたが、その一つ『シッダールタ』は出家して聖人たちを訪ねたり、涅槃の釈迦にも会うので、このシッダールタは釈迦であるゴータマ・シッダールタとは違うのですが、ま、ヘッセの作品は人間の成長物語ですから思春期には良い読み物でした。

釈迦29歳の時、長男が生まれた。その生まれたばかりの長男と妻を棄て、黙って出家した。親鸞は出て行かないで〜と泣き叫ぶ子と妻を足蹴にして出家した。ミャンマーのアウンサンスーチーは夫と我が子より祖国を選んだ。偉大な人間の冷酷な所業は、頭では理解できても拙子ごとき小人には納得できないのである。

●出山釈迦如来立像

 出山釈迦如来立像、奈良国立博物館

と呟いておいて話を先にすすめると、釈迦は仙人や悟り人を訪ね歩くが満足できず、自ら山に入って苦行すること6年、苦行したって悟れるものじゃないと悟って山を出る。その時の姿を彫った木造がある。南北朝のころ日本の仏師が彫った『出山釈迦如来立像』が三重県の津にある福蔵寺(臨済宗)に伝わる。いまは奈良国立博物館にあるので拙子は一度見たが、たくさんの国宝級展示仏に混じった小さめ、像高1mそこそこで印象はうすい。

螺髪と頂をのこして全身に金泥を塗っているのが気に入らない。素地のままヒノキの寄木造でよかったのではとおもう。

しかし大変めずらしい釈迦の姿である。山中で何を食って生き長らえたのか、むき出しの助骨に枝の杖(上掲写真は杖なし)を両手でつき、フラフラの状態で、下山した。素足に鉢巻のような螺髪、頭の真ん中に毛がないのはゼニハゲが広がったのかと邪推したが、禅宗絵画に共通する要素があるという。そういえばダルマさんも頭は禿げているが後頭部から鬢、顎髭に伸ばし放題ですね。

●半仏、半人の顔
出山した釈迦は、人の視線をさけるように目線を下に、生身の人間の頬骨が出た面相で、未だ正覚・悟りに至らない釈迦の姿を表している。「お痛ましやお釈迦様」の立像である。

しかしながら、釈尊はシャカ族の御曹司ですから、入山する際に父が5人の男(五比丘、ゴビク)を同行者として付けている。護衛と餓死しないようにとの配慮であろう。で、釈迦はこんな苦行をいつまでやっても意味がないと下山したのですが、五比丘たちは「なんだ、これしきで音をあげるとはいかがなものか」と愛想をつかして去っていった。こういう苦行と根性に頼るバカがいまだに大勢いる。二千年前に「意味なし」と断じた釈迦は、さすがである。






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