安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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奈良零れ百話/南都映画館
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( 2015年 7月 1日 水曜日


オスロからの帰りはハルダンゲル高原通る道路を選ぶ、運転する家内は往路に大事を取って選んだテレマークを通る道路はもうこりごり、崖崩れの心配を抑えて(その心配はもう道路公団が処理してゼロになったのですが)をハルダンゲル−ヴォス経由で行くと決心。
おかげさまで、高原レストランでトナカイ(シチュ風に煮付けて臭みがない)をゆっくり食べたのに、おもいのほか早く、オスロを出発してから家に到着するまで8時間掛からなかった。めでたし,めでたし。

●東向き北町にできた南都映画劇場
それがしが中学生の頃、東向き北町(当時は花芝商店街の名)の北寄りに「南都映画館」がオープンした。
以前になにがあったところかよく覚えていないが、現在飲食店が並んでいる所である。

映画館反対の声が善男善女の親御さん、PTAや学校の先生方からあがった。近鉄奈良駅から学大付中(現女子大寮)や女子大付高の生徒は学区がないので電車通学が多い。その子たちに好ましからぬ影響がある、というのが反対理由だった、と思う。クラスで先生から注意があった。たしか日活系が多くて、石原祐次郎や、浅丘ルリ子が全盛のころだったが、それがしは邦画に全然興味がない。したがって反対運動に興味がなく、いつのまにか閉店し、しばらくは幽霊屋敷のようだった。これの方が問題なのにネ。

とはいえ、数度はここで映画を見た。お正月映画の常番に、片岡千恵蔵の「七つの顔を持つ男」なんてのはおもしろかったな。素早く変装するわけだが、犯人を取り押さえる探偵の最期のせりふがいい。さすが千恵蔵だ、階段を一歩一歩下りながら、『あるときは多羅尾伴内、あるときは片目の運転手、またある時はせむしの男...そしてその実体は..』と千恵蔵の節回しでたたみかける。しかし、かなりひどいガニ股でし
て、あとですけど笑ってしまった。

●電気館
中学から高校にかけて、平均して週2回通っただろうか、多い時は連日だったこともある。近くの北半田にあった電気館という古い洋画の3本立て、実に安かった。酷い小便臭いところで、冷暖房は一切無いない。真夏は蒸し風呂のようで、禁煙ではないので、空気の悪い事。それでも平気だったのだから、当時の映画館を思い出すと驚くことばかりだ。当時はどの映画館でも入れ替えなしで、看板を見てフラっと入れるのもよかった。

ここで見たB級西部劇は、当時はB級西部劇と言う呼称はなく、封切り映画にならない二流映画のことである。この二流西部劇映画は、勧善懲悪がうやむやでそこがまた現実的でいま思うと、たいへん青少年によい影響を及ぼした。ま、賛成する人はいないが、ランドルフ・スコットやオーディ・マーフィー、グレン・フォード、フォレスト・タッカーなんてホントに良かったな。

この電気館は、一時期、風呂やであった気がするのだが、誰に聞いても判然としない。いまは賃貸マンションになっている。(了)






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