ヒョットコ踊り、ヒョットコ姿のドジョウ掬いやおかめ(お多福)との掛け合い踊りは、忘年会や、社員旅行の隠し芸であった。いまどき畳の大広間で忘年会を開く会社はありませんわな。昭和は遠くなりにけり。それでもなお各地のお祭りに演じられ、観光呼び物になっている。また居酒屋の看板にもありましたな。
いま読んでいる江上波夫(史学者1906 ミ 2002)の著作から、ひょっとこの起原について、感想をまぜて要略です。
●かまどの神
ヒョットコのその起原というとだいたいどれも似たような中世の伝説が多い。お面などもその頃に原型ができたとおもわれる。その中世まで、村単位や職業集団の「神祭り」とは別に、常民の家ごとに「神祭り」があったわけで、これはその家の屋敷と田畑を対象にする戸別の祭神である。中でも重要なのは竃(かまど)の神様である。火の神として、また家の炊事の神としての性格から竃の神は家の神なのである。だから他人には竃のかみさまを拝ませないし、嫁さんはは嫁ぎ先の竃に嫁ぐので実家の竃の神から切り離されるのである。
竃の神のお面を竃の上にかけて祭るのが全国広くふつうで、そのお面は鬼瓦のように怖いお面もあるが、ヒョットコ面が多かった。竃に口をとがらせて火吹き竹を吹くときの顔であることはよく知られているが、ヒョットコはまたとおとこ(男)の訛りといわれる。
●主婦の役目と家の神
竃の神に先行するのは炉の神であった。こちらは鉄器時代からの職業集団が崇めてきたもので、いまも刀匠の儀式に継承されているのをTVでみかけることがある。
いにしえの時代は発火が容易ではないため、家に油火を絶やさず保っておくことは主婦や嫁の重い役目であった。きっとその火を絶やさないためであろう、竃の神は年中屋内に留まっていて、一般の神が出雲などに秋立ちされるときも、留守神を果たすと信じられていた。
ウチノカミサン、オクサンと気楽に話す。それがしもそうだが、本来納戸の神様で特に主婦の寝室(奥の間にある)にある納戸に祭られていた。あたりまえだが、夫婦とも居間にふとんを敷いて同衾する場合は、居間の納戸や、のち には板間の納戸に祭られ、家の中を守ると信じられている。それでウチ(家、内)ノカミサンであり、家内であり、奥さんなのである。つまり「火の神」なのです。よもやおろそかにする勿れ。
ただなんですね、竃は消滅し、納戸は形を変えたいま、具体的な現象に意味を失ったけれども、それがしは太古の生活風習から受け継がれた日本民族のこころに、わが心も和むのであります。(了)