安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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1964東京五輪を回顧、屈託あり
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( 2013年 9月 9日 月曜日


2020夏季オリンピックが東京に決まると、招致に生ぬるかった日本国民が上機嫌で歓びあがり、政財界は経済効果を皮算用している。ゲンキンだな。

1964年の感激をもう一度!なんてのが、慎太郎や晋三の心に焼き付いている。そうご本人たちが述べている。だが晋三と慎太郎の中の世代であるそれがしは、想い出に屈託がある。

●聖火最終走者・坂井青年の笑顔
まず,感動したのは坂井よしのり青年が聖火台への場外階段を一気に駆け上がり、観客側に体を反転して高々と聖歌を掲げた満面の笑みである。溌溂と希望に満ちたいい容姿。原爆に勝った笑顔だ。

●冷え冷えとした鬼の大松
哀しかったのは、日紡貝塚中心の女子バレーがソ連(まだソ連崩壊の前)を破って河西主将らが見せた動きは、小躍りするでなく涙の開放感である。鬼の大松監督は憮然とベンチでたったまま、コ−トの選手に加わらない。大松監督は意固地というか、歪んだ人と当時23歳のボクはおもった。大松監督が金メダルの歓びを押し殺すのは精神的暴力による「回転レシーブ」でしごいた結果である。

「東洋の魔女」と海外から呼ばれたのも、スパルタ練習の様子を映したフィルムの過酷さから名付けられたのであって、否定的に受け取られた結果である。肯定的だったのは中国、大松センセイは中国チームのコーチに招かれる。

●マラソン円谷の悲劇
アベベの次に競技場に入って来た円谷が、後続の選手に追い抜かれ銅メダルになった円谷を責める雰囲気があった。根性論がもてはやされた時代の雰囲気である。そして数年後、円谷選手自殺のニュースに接し、新聞に出た遺書が辛かった。書き出しに「父上様、母上様」とあり、江戸時代の侍が切腹におよぶ父母へのあいさつのようである。自衛官の矜持に衝撃を受けた。「幸吉はもうすっかり疲れきって走れません。何卒お許しください。幸吉は父母上様のそばで暮らしとうございました」。

誰が円谷選手を殺したのか、オリンピックへの国民的期待か、円谷幸吉の純粋な生い立ちもあろう、偲び難き哀切が尾をひく事件だった。ヘーシンクに破れた神永は実力の差とおもうが、「屈辱」と呻く意見もあった。

●手前味噌な市川崑監督の記録映画
東京オリンピック映画は,市川崑監督に決まった。その出来映えは、競技のどうでも良い細部に凝芸術的な気取りがあって、会場の建設に旧いビルを鉄玉で砂煙もうもうと叩き倒し取り壊す様子などどうでもよいシーンが多すぎる。グラウンドに砲丸投げの玉が落ちるズシンとなる音響を聞かされて面白いがムダな時間を使わないでくれ、を全体像がまるで掴めない。映画館を出てきたボクは不機嫌だ。

●細やかな心遣い
それがしが当地に移住して間もなくの頃、TVで五輪に3、4度出場した大ベテランが、いちばん良かったオリンピックどこですか、と聞かれて、すらり「トウキョウ」と答えたのが印象的だった。訊ねたホストがキョトンとしてそれ以上話がすすまなかったのだが、おそらく選手村や街で、接する細やかな日本人の心遣いが嬉しかったに違いない。さて、次回2020年にいかほどの心遣いとホスピタリティーが遺っていることやら。(了)






Pnorama Box制作委員会


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