安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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ブレイヴィク判決
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( 2012年 8月 27日 月曜日


◇事件:アンダス・ブレイヴィク(Anderd Behring Breivik) 33才。2011年7月22日、首都オスロの政府地区爆破 − 8人、労働党青少年キャンプ開催中のウトイア島で銃乱射 − 69人、計77人を殺害。ノルウェー史上前例のない単独犯によるテロ。
多文化社会を許容し、イスラム勢力の支配に繋がる政策をとる与党政府と、与党の青年部キャンプを攻撃目標にした。
▽判決:8月24日、10週間に及んだオスロ地裁の審理は全員一致(2人の裁判官と3人の裁判員)で判決 -− 禁錮21年。
▽上告せず:被告、検察とも上告しないことを言明、第一審で終止符がうたれた。
▽判決文:A4-106エ、次のような項目がある。
・7月22日の行動と犯行を徹底検証
・被告の家庭的背景、成長と学校生活
・ブレイイクの職業経験と自営業、リベリア旅行
・ブレイヴィクとWorld of Warcraft(オンラインゲーム)の係わり
・被告のイデオロギー
・7.22 の死者と負傷者の詳細な総覧
・なぜブレイヴィクは責任能力を有するか、その説明
・ブレイヴィクに法の最高刑を科さなければならない理由

●最高刑「禁錮21年」は無期禁錮に延長可能
「禁錮21年とは軽すぎるようだが」? と思われるでしょう。世界のメディアが刑の軽さに疑問を呈した。しかし、これがこの国で現在適用できる最高刑なのです。ノルウェー国内には判決以上に重刑を望む声は極度に少なく、例外である。世論調査では満足と答えた人が70%、他の調査では90%が満足を示している。

この国に41年暮らすわたしは、禁錮21年という判決を聞いた事がない。法的には刑期の1/2を過ぎた時点で禁錮から服役へ処遇がかわり、2/3を経過すると仮釈放が適用される。しかし最高刑である禁錮21年は実質的に「無期懲役」を意味する。このことは判決文でも言われているが、出所が社会の脅威となる場合は、禁錮を5年ごとに延長、独房で死亡するまで延長をくり返すことになる。

そして実際、脅威は消えない。ブレイヴィクは犯行直後から判決まで、性格はまったく変わっていないのである。一年以上ブレイヴィクと深く関わってきた弁護士リッペスタッドは、彼の犯行を正当化する彼の政治的思想は少しも変化していないと言い切る。

ブレイヴィクが刑期を終えるとき53歳になるが、彼の考え方はかわらない。しかも、21年後のノルウェー社会は引き続き民主主義、多文化社会にかわりないだろう。つまり、ブレイヴィクが再びテロを計画する外的状況があるわけだ。


●正常人か精神異常か

この裁判は国民の大関心事でした。責任能力ナシという精神鑑定がでたとき、法廷鑑定医を鑑定するシステムが要る、と怒りおさまらないコラムを書いた。しかも検察側は、この鑑定に賛成して実刑判決を回避し、ブレイヴィクを永久に精神病棟送りにする弁論を行った。これじゃ犠牲者は浮かばれない。心理学者と世論は反撥した。

ブレイヴィクの弁護団は「正気、責任能力ある」と強く主張。ブレイヴィクは「キチガイにされたら、反イスラム、半マルチ文化の思想と、周到に計画したテロが無意味に帰す。分裂症、妄想狂にされるのは死刑より堪え難い」というので、弁護側はその線にそって弁論を張ってきた。ま、死刑がないから言える贅沢ですね。

ノルウェーの法廷には原告被害者側に支援弁護士の制度があり、この被害者弁護団は最高刑をのぞんでいる、当然です。「正気ではない」と結論した鑑定を不服として被害者と被告の両弁護団は、別の精神医による精神鑑定を要請。裁判所も理由は示さず、別の精神科医再度の鑑定を命じた。2回目の鑑定は「正気、責任能力あり」と一回目と正反対の結論である。世論は胸を撫で下ろしたのですが、裁判官と参審員はどちらの鑑定を採るか、正気と正気でない両方の鑑定医4人を証人席に呼んでヒアリングが行われた。検察と弁護側が細かく厳しい質問を浴びせた。互いの意図は明らかだが、裁判長の僅かな問いかけは無表情で厳格にして顔が読めない。判決が出るまで被害者家族の不安は募った。慣習として鑑定は一回だけで鑑定書の趣旨に沿った判決が多い。ブレイヴィクは刑事罰を受ける責任能力ありとするか、なしとするか、ヒヤヒヤして裁判の行方を見守ってきたのでした。

●正気、責任能力あり
ところがこの裁判長は思いも依らなかった完全で独立した判決を下した。一回目の精神鑑定の誤りをひとつひとつ指摘、テロリストの思想を考慮する視点が欠けていたと批判した。理解し難い言動を精神異常のせいにした鑑定医は、心理学/心理療法の大家であっても、政治思想に疎く、テロやテロ組織、謀略説などこの方面の学者やエキスパートの証言を取り入れようとしなかった。服役者が正常か精神的におかしいか、一番良く解るのは看守である。その看守たちが口を揃えて「ブレイヴィクはまとも」と言っているのに、初回の法定鑑定医(刑務所に属するベテラン男性と,女性の心理学者)はブレイヴィクとの面談をもとに、精神障害の兆候があると結論付け、法定でも断固として自説を曲げなかった。

●批判される検察と法鑑定のシステム
精神異常と言い張ったふたりの法定精神鑑定医は、いまも自説を間違っていたと認めない。「井の中の蛙」のような今の精神鑑定のシステム見直しが今後の課題といわれる。

多くのひとが歪んでいるとおもう初回の鑑定を了承し、再度の鑑定を要請しなかった検察にも非難の声があがっている。担当した男女二人の検察官の処遇、さらに検察庁長官の責任を問うジャーナリストや政治家がふえつつある。長官どのは、再度の鑑定を要求しなかったのは誤りだったと低姿勢である。

●思想的テロリストは死ぬまでテロリスト

判決言い渡しの冒頭、裁判長が禁錮刑と言ったとき、ブレイヴィクは満足そうにいつものシニカルな微笑を浮かべた。ブレイヴィクは最後にひとことを事前にゆるされており、機会を与えられた。「裁判の正当性を認めないので、判決は受け入れられない。上告はできない。なぜなら上告すれば裁判の正当性を認めたことになるから。ノルウェーとヨーロッパの愛国主義者、闘士たちに謝りたい……」。ここでマイクが切られ、裁判長が割って入る。「声明を出すのはわたし、あなたが外部に発信するのではありません」。裁判長が割って入ると、諦めたように法定規則に従うところ、弁護士にお礼を言ったそうで、このあたりは至極良き市民のマナーを見せる。正常なのだ。

しかし、まったく懲りないというか、罪悪感のない男である。テロリストというのは思想的確信犯ですから、グアンタナモに送られた中でホンモノのテロリストは釈放されると直行でテロ組織に舞い戻ったように、一生なおらない。ブレイヴィクの思想を著した膨大な「マニフェスト」については八冊目、以下のシリーズの(3)に大半がパクリと書いた。判決でも思想の部分は90%が剽窃とされた。またブレイヴィクが「欧州テンプル騎士団」のノルウェー・コマンダーと自称するが、判決では警察の調査通り、そのような組織はノルウェーに存在しない。

_ 爆破と乱射、ノルウェーテロ(最終回)( 2011年 8月 31日 水曜日 )
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_ 爆破と乱射、ノルウェーテロ(4)〈 2011年 7月 27日 水曜日 )
_ 爆破と乱射、ノルウェーテロ(3)〈 2011年 7月 26日 火曜日 )
_ 爆破と乱射、ノルウェーテロ(2)〈 2011年 7月 25日 月曜日 )
_ 爆破と乱射、ノルウェー〈 2011年 7月 23日 土曜日 〉







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