安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興

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トルコ、アンタリヤの暖冬(2)
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( 2011年 12月 9日 金曜日



但し書き:トルコ到着の夜を1日目とすると先回が2日目でこれは3日目なのだが、観光日のみを数えて2日目とします。

●2日目:パムッカレ
ヒエラポリスの遺跡を西門から東門に歩く。広大なローマ人墓地の石室群遺跡は今回見ておいて良かったとおもう数少ないスポット。凸凹の石畳が敷かれた道路の両側に数列の石棺が大小何処までも続いている。三角屋根の家を象った石室が多く、家族10人ぐらいの棚ベッドがある大きな石室もある。盗掘され僅か発見された埋葬品は博物館へ行かねば見られないが、そういう時間は日程にないのである。 

中央道路を大浴場や劇場、アゴラを通り、門の外にある石灰棚の見事なパムッカレに(Pamukkale)へ。ここでは中国、韓国、日本のグループを見かけた。沸き出る鉱泉の流れを変えたのか、観光写真にある小さな石灰棚を満たして流れる景観はみられず、代りに足湯として側溝に流し、そこから先を立ち入り禁止とした。標識がはっきりしないので特に中国人は平気で崖にむかう石灰大地にはいいていますな。交通警官のように笛でピピッと戻るよう手振りもまじえて注意するが、中国人は振り向いても自分が注意されているのがわからないらしく平気である。この内立ち入り禁止の側溝は32℃の鉱泉を流した足湯。温度、勢のある水流は申し分無く集合時間までたっぷり足湯を楽しむ。石灰棚はいわば鍾乳洞の垂れ下がる柱が、横に平に真っ白に広がったとおもえばよい。とにかくスケールが大きい。生成には5万年かかっているとの由。有名世界遺産指定の観光地であり、説明や写真はPamukkaleでサーチしてください。

トルコは東と西の文明が交錯する所、たかが100年前まで戦争が絶えず、侵入者たち、アレキサンダー大王、成吉思汗、スルタンが率いるサラセン、東ローマ、十字軍に荒らされてきた歴史から、各時代の遺跡はローマ時代のみならずいくらでもある。ローマ遺跡を、トルコ人の祖先がそれだけ蹂躙されてきた証しとする見方もあろう。

現代のオットマンたちは顔や体格がヨーロッパ系もアラブ系も、また遊牧民はアジア系の顔かたちに見えるが、共通してコスカライのが私的に好きになれなかった。もし、買い物でもするのなら非常に親切だし、値切れる。最低30%、観光客が少ない冬場には値切り交渉を続けるうちに必ず半値以下になる。ツッケンドンなドイツやフランスの店に嫌な思いをした日本人に、トルコが人気の観光目的地になっているのはそういうわけだろう。だが外人相手に悪ずれした観光地の人間だ、親切のウラにあるキツネの狡さに御用人。

パムッカレのホテルに一泊、泥のまじる沸き出し温湯を試す。足下がヌルヌルで早めに退散、海パンが茶色くなっていた。(了)






Pnorama Box制作委員会


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