安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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吉村長慶(3)幻の志奈子橋
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〈 2010年 3月 1日 月曜日 )


●志奈子橋(明治37年〜昭和12年?)  
長慶が寄進した最初の石橋は明治37年、母堂お志奈さんの還暦を記念して建てられた志奈子橋である。五十二段下東側の菩提町にあった。この橋を使うと五十二段を登らず春日大社へ向かうことができ、なら町の老体にも荷車にも役立った。荒池から流れる菩提川が五十二段の東でほぼ直角に東西と南北に折れていたので幕末から明治にかけての絵図には木橋がふたつ描かれている。南北に大きい方が鵲橋(かささぎばし)でこんにゃく橋とも呼ばれていた。こんにゃくのように揺れた橋だったのであろうか、古書にはこの橋詰めにこんにゃくを埋めて橋上に立っていると歯痛が収まるところからそう呼ばれた、とある。

明治後期から昭和初期の絵図では南北に一本だけとなり、「鵲橋」と記されている。もう一方の「名無しの木橋を石橋に替えて「志奈子橋」と命名し、界隈ではこの名でよばれるようになったが、昭和15年(1988)発行の奈良市街図にはなぜか、あいかわらず鵲橋だけが記され、現存するどの市街地図を見ても奇妙に「志奈子橋」の記載が抜け落ちている。市の道路、橋梁工事記録にも志奈子橋に関する記載は名称すらなく、そして菩提川が暗渠になった昭和十二年頃に撤去された。当時の橋梁と道路に関する資料は、旧市役所が全焼した際に失われ、正確な年次が不明のいわば幻の橋である。解体されたこの橋は橋脚を外して上部を佐保山の長慶寺に移転して残された。橋の名は長慶さんがひときわ思慕してやまなかったご母堂の名前である。そのためであろうか、扇形の優雅な欄干は実用本位の長慶橋や下長慶橋にはない優しさが見られる。

写真は法蓮佐保山の長慶寺に移して保存された「志奈子橋」。片方の親柱に「ぼだい川」、橋桁に「幾千代も真ん中通れ石の端」と刻む。なお、長慶寺は閉山しており、何人も参観不可である故、行ってもムダです。

写真左・大正九年の志奈子橋、「東西や」というシャベクリしながら飴等を打って歩く職業があり、志奈子橋に立つのは、奈良まちを流していたヒロという男。故北村信昭氏が撮影。氏はジャーナリスト、写真家。祖父‐北村太一は奈良写真界の草分け、長慶肖像写真を数枚撮影している。(奈良新聞 昭55-02-22. 「長慶はんと石の芸術」より。)

写真右・菩提側から五十塔を望む、明治三十年頃の撮影。菩提側の左右に架かるのがかささぎ橋、前後の木造橋が石の造志奈子橋に架け替えられた。(日本名勝百景より)
ちなみに奈良市の地名や町名でかみ上・しも下というのは春日山並みの高いほうが上で、平壌にむかって平地の方を下という。下長慶橋は旧奈良市平地サイドにあるので適切、しかるに長慶橋の位置を上と呼ぶにはいささか中心部に寄りすぎているて,かみ上にあたる京街道には江戸時代に築かれた石橋があった。そのため上長慶橋と名付けず単に長慶橋としたのではなかったかと思われる。尚,京街道が奈良市に入る佐保川に架けられた石橋は江戸時代奈良で最大一の石橋であり、ただ「石橋」と呼ばれこの橋の正式名称なのである。 
 
●「嶋嘉橋」
嶋嘉橋について補筆しておく。さる沢池の西南角、いさがわ率川に架けられたこの石橋は、長慶さん以外に個人が市に寄進した唯一の石橋である。3本のガッシリとした橋脚のひとつに「明和七庚寅年五月吉日 椿井町施主 嶋屋嘉兵衛」と刻まれているように、1770年江戸時代中期に建造された。この嶋屋の屋号をもつ人物については古文書を渉猟したが発見できず、ただ「資財を抛ち営造せり富商」と記載されているだけで筆者にはナゾである。橋脚の一本が取り替えられたり補修されたあとがあり、舗装された橋路の下側の石板も新しく見える。なお、近くに川名を「尾花谷川」と記した建石があるが、現在は菩提川と合流する暗渠のなかで尾花谷川はおわり、嶋嘉橋までを菩提川と呼んでいる。
 上ツ道(上街道)とよばれる奈良から南の天理・そこから榛原を通って伊勢街道への起点にこの橋がある。橋の北端両側にある大きな常夜灯が街道であることの威厳を添える。そういう需要にこたえて長さは短いが橋幅が正味十二尺(三・六。)、長慶とおなじくらい。手摺の高さは腰までと低いが補強されて現在も健在。周囲に旅館が多く風情があり、奈良まちの趣を保存する運動の一環として嶋嘉橋は重要であり、今後も長く保存されるだろう。翻って長慶さんの造営した三本の石橋はすべて都市計画の犠牲になって消えてしまった。一抹の淋しさを覚える。





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