安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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不発、オバマ大統領就任演説
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〈 2009年 1月 21日 水曜日 )


● 素晴らしい就任式の景気付け演奏
オバマ就任の式次第を前景気の軍楽隊の演奏から昼食会、WHへの行進、余韻静まらないコメント番組など、何時間もつい見ちゃいました。宣誓まえに歌ったアレサフ・ランクリンの< M y c o u n t r y , 't i s o f t h e e> 、よかったですね。続いてヨーヨー・マとイツィアク・ペルマンほかが<Song of Joy & Peace>を、最高ですな。これジョン・ウイリアムスがこの日のために編曲したという。とにかく誰でも知っている曲を巨匠の演奏はありがたい余得でした。

●サルも木から落ちる
オバマでも緊張してあがることがあるのですね。宣誓の復誦をトチって苦笑い。予行演習してたのにね。ところで副大統領の宣誓を先にするワケは、大統領に不慮があった際に副大統領がすぐに昇格できるようにとの配慮、伝統的なのです。突然の不慮とはなにかといえば狙撃される、これでジョンとロバートのケネディ兄弟、キング牧師が殺されている、とか脳卒中、心筋梗塞ほか稲妻に打たれることもあり得ますからね。昼食会の席でテッド・ケネディーが倒れてタンカで運ばれました。ケネディ家の悲願ならず、いまオバマ大統領就任の祝い席で退席するとはなんという歴史のパラドックスか。大統領就任式が「火曜日」であることも伝統、その理由はいまド忘れ、すみません。

●拍手まばらな就任演説
さて宣誓でトチったその調子で就任演説でもトチらないかな、ひそかに期待したがそれはなかった。でもこの演説は選挙中の演説と趣がちがってむやみにシリアス、重苦しく小むずかしい。それにアメリカ歴史をひもとき語る部分が多く、過去を語っても人は奮い立ちません。観衆200万人にどれくらい通じたのか、拍手で演説が中断する事は一度もなかった。拍手がこれほどまばらなオバマ演説は、ベルリン演説以来である。どちらも聴衆に意味がつたわらなかった。最後に盛り上げたが聞いているだけでスっと頭と心にはいるレトリックではない。マニュスを読めばなかなか凝ったデキの結びなのですが。で、唐突に終わりを知った観衆が歓呼する。これは歴史的現場に立ち会った歓呼と解釈。気分的、お祭りだもの。

●決定打がなかった名言
20分を超す就任演説は珍しく長い。が、決定的な名言、たとえばリンカーンの『人民の人民による人民の政治』とか、ケネディの『国が何をしてくれるかではなく、自身が国に何を出来るかを問え』といった歴史に残る一行の名言がない。アメリカが直面する経済危機を国民とともに乗り切ろうというのが主要メッセージだが、あちこちにから印象にのこる句をあげると:

America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.
「アメリカの衰退は避けられない、次世代は望みを低くしなければならない」。
そうなんですよね。それを選挙のはじまりから言ってくれれば私だって応援したかも。続いて:
Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America - they will be met.
「今日、私は我々が直面している試練は現実だ。試練は深刻で且つ数多い。短期間では克服できないだろう。だが知るが良い、アメリカは克つ」。
最後のアメリカは克つ!のところで拍手がわいた。わたしら日本人はポカンとするしかないのだが。

every man, woman, and child who seeks a future of peace and dignity, and we are ready to lead once more.
おなじく最後部のの「われわれはもう一度(世界を)リードする」ところで拍手。これらの片言節句がまだしも判りやすいオバマらしい真骨頂か。聴衆にとってはこのアメリカは克つ!とか、もういっぺんリードする!があれば喜ぶのですね。チェインジのオバマ、希望のオバマというイメージはあいかわらずとの印象。

●斃された先人を偲ぶ
そういう聴衆に先人の苦難の歴史、西部開拓、独立戦争、南北戦争、ノルマンディーやケサンで戦い死んでいった人々に想いを馳せ、「アメリカ再興」Remaking Americaという言葉をつかった。インディアン殺戮者も南軍将校も英雄だ。今生きる者は凡て先人のお陰です。靖国の心を持てということ、賛成。

We will not apologise for our way of life, nor will we waver in its defence.
「われわれの生き方を謝りはしないし自己弁護もしない」。
これはイラク、アフガンについて言及したところで述べた一節。イスラム国家に対しては「拳を開くなら手を差し伸べよう」と、オバマなら解ってくれるとウブなイランやハマスには冷や水でしょう。おもしろい。だがなぜオバマは今になってから硬派に変わり身するのか。選挙中の言動で人民を拐わしたオバマ、との私感は拭い難い。

●人種などどうでもよろしい
オバマは出自に関して2カ所でよくにた言い方ですが言及しています。ひとつは「60年前レストランに入れなかった父親を持つ息子が、今みなさんの前で神聖な(大統領)宣誓ができるまでになった」と。

わたしは米大統領が黒人であろうとラティーノであろうと中国系であろうと無頓着、どうでもよろしい。この点では人種に拘泥しないブッシュが好きで、大統領の肌色をどうたら言う人に『ムスリムでもなんでもいいじゃないか』と吐き棄てたたパウエル元国務長官が好きである。

●市民権運動と乖離したオバマだが
しかしオバマはその肌色から黒人層を90%取り込んだように、黒人でなければヒラリーに負けていただろう。キング、マルコムX、ジェシー・ジャクソンやその他の古い黒人議員のように市民権運動をしたことはない。そのことは生い立ちから自然であり、セナトーとして黒人の地位向上に熱心でなかったことを残念ともおもわない。奴隷の子孫ではないオバマが興味を持つことではないうえ、アフリカ・アメリカンといっても父はケニアの留学生で母が白人、インドネシアとハワイでそだった異質の黒人である。警官に犬のように追われ殴られた経験はない。いわゆる黒人一般から超越した人物であるがゆえに、加えて希有な雄弁さと相俟ってメシア的カリスマを発揮した。人はオバマ大統領の登場を黒人解放運動の苦い歴史を想い、今日のオバマを市民権運動の華と見る。それはまちがいなのだが、オバマはそんな素朴な民衆の意見に乗じ、たとえば月曜のMLKデーを利用して自身をあたかもキング牧師の後継と位置づけた。

不発に終わった就任演説、まだまだ言い足りませんが今日はこのへんで。アメリカお祝いの日に失礼しました。(了)



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