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招かざる大統領、ザルダリ
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〈 2008年 9月 11日 木曜日 )
●ブット暗殺で消えたムシャラフのグランドデザイン
昨年末、新年までのクリスマス休暇に家族団らんを楽しんでいた最中、ベナジール・ブット暗殺の衝撃が走った。パキスタンはどうなる?選挙予定日は迫っている。ベナジール前首相がムシャラフの恩赦で昨年10月帰国する条件は、ムシャラフが軍服を脱ぎ(最高司令官を辞任)大統領に留まるが行政はブットが首相になるいわゆる『パワーシェアリング・グランドデザイン』に基づいていた。これが一瞬にして消えたパキスタンは、進路を失ない嵐の海を漂うポンコツ船のようだ。 ●悲劇のブット一族 殺されたブットの身代わりがいるか、常道ならブット人民党のNo.2 が党首を継いで選挙戦に臨むのだが、悲劇の政治名家ブットを継ぐのはやはりブット一族でなければ国民が承知しない。このウネリは多分に感情的な昂りなのであるが小手先で変えられないパキスタン歴史の要請といえる。ブット家は日本で言うなら封建大名のように家の子郎党を抱える家系で政界の名家である。吉田茂と麻生太郎や岸-佐藤-阿部くらいでは比較にならず、悲劇性でケネディ家も及ばない。父の首相はクーデターで処刑され、亡命した兄が帰国して政界に復帰した矢先に暗殺され、弟はパリで不審死、2度首相に選ばれたベナジールはピストルで撃たれてなくなった。ブット一族に集まった同情は塞き止めようがない。 ●ザルダリの悪知恵 さてここで、妻ベナジールを失ったザルダリがブット家の名声を利用して抜き出てくる。なんとまあ悪知恵の回る男か、卑劣な野郎だと思う反面大統領までのし上がった手練手管に賛嘆を禁じ得ない。 ザルダリは名家で首相の娘であるベナジールを娶るとき、妻を後ろで支える役に甘んじて結婚した。ま、妻が首相のときは閣僚にも名を連ねたが、もっぱら夫の地位を利用して金儲けに専念。この不正蓄財と、妻の政敵となる上記の義兄を暗殺に関与した疑いで投獄されている。またムシャラフとブットが政権を分かち合う条件のひとつにザルダリは謹んでいるから訴追しないことが含まれており、「政治には関わらない、興味もない」と公言していた。妻の選挙運動に付き添っていたが、応援演説したことも記者会見したこともない。国会議員ではないのでPPPの幹部でもない。 ブットが亡命中PPPの事実上党首であったベテランは党内の信望があっても欲のない人、わたしはこの人がブットの後継候補だとコラムに書いて見事はずれましたが、ザルダリがこれほど悪知恵を働かせるとは誰が予想しただろう。 ●ザルダリのマスタープラン まず19才の息子は学業中、経験がないということで父であるザルダリが後見人となり父子二人が副党首に、実権はザルダリが握った。息子ビラワルはザルダリ性であるがブット性に改名し、自由発言は父から禁じられた。いったんはロンドンの名門オックスフォードに戻ったがムシャラフが大統領を辞任する前から帰国している。メディアで喋ることまかりならぬと父の言いつけに諄々としたがう自主性のない息子だ。もうすぐ20才というのに。ま、ドバイとロンドン育ちだからパキスタンには自分の交友ネットがない。今後パキスタン政局が面白くなるとすればビラワルの造反だが、あのコドモではねえ。 さて2008年選挙は予定より少し遅れたものの、ムシャラフは約束を果たし総選挙を行った。ムシャラフの与党は無惨に大敗、議席がいくつだったか片手で数えるまでに減った。ピストルに倒れたブットの同情票を得たイスラム人民党PPPが躍進し、2ヶ月前には政治に興味名無しと公言していたザルダリが一躍最大党の実質党首におさまった。ここでザルダリの悪知恵がフル回転する。 ●シャリフ、騙される 第2与党となったイスラム教徒連盟シャリフ派(PML−N)のシャリフ元首相、やはり恩赦で帰国した天敵と選挙では▽ムシャラフ弾劾、▽更迭された判事たちの復職で一致して共闘、そのほか二つの党を加えて連立政権を組閣。組閣がおわると、ムシャラフ免責、判事の復職は後まわしにすると言い出した。 これでシャリフ派の閣僚は抗議辞任し、連立から離脱する。 ザルダリが立候補したのに対抗してシャリフも立候補するが、なにザルダリはしっかり票集めをおわっていた。上下両院と4地方議会の投票で過半数でいいところをフタをあけると3分の2に達していたではないか。シャリフ派以外はみなザルダリに投票したことになる。具体的に何をエサにしたのか知りませんが、大統領就任式の閲兵はさながらキアニ最高司令官をはじめ軍を従えた国王戴冠式のようなゴージャスさだ。 ●米の金支援でパキスタン軍を掌握 ムシャラフ免責とムシャラフにも増して軍を優遇する根回しで最も危険な軍を取り込むことに成功した。そのための資金を米から得られるよう、テロ対策に米英ベッタリの姿勢を通じていたのです。ライス長官が当惑しながらも軍事協力の申し出に喜色満面、ザルダリをインプレッシブと褒めるが、あれはパキスタン軍を掌握するための悪知恵だ。北西部国境地帯のタリバン/アルカイダ掃討が果たして本気でやるか疑問。カルザイは、やっと聖域タリバンを壊滅できると喜んで宣誓式に出席したが、期待は裏切られるだろう。 できるとすれば、米と同盟軍がパキスタンの部族地帯に潜むタリバン攻撃にフリーハンドを得て黙認してもらうこと。米軍は既にその気になって越境攻撃を日常化させている。ザルダリの悪知恵でこの矛盾を切り抜けられるだろうか。(続く)
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