安達正興のハード@コラム
Masaoki Adachi/安達正興


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畏友・島村英紀さんのこと
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〈 2007年 10月 20日 土曜日 )


● 逆境における人間の尊厳
島村英紀教授がベルゲン大学に詐欺をはたらいたとして、接見禁止のまま拘留半年、その体験記録が出版された。今日その本がなぜか郵便スタンプの日付から10日もおくれて到着、一気に読む。氏を尊敬し、友人を自認するわたしには胸しめつけられる無念と、無力だった自責の思いが甦り、なかなかにつらい書である。しかし同時に逆境におちいった人への類を見ない励ましの書、拘置所の独房で人間が冷静に、客観的に、ときに光るユーモア、喜びさえ交え、尊厳を失わず耐えることができるお手本をしめしてくださった。

軽卒ウッカリやさんのわたしはブタ箱に入ったってオオレ平気だぞ、と言う気になるのです。ま、すぐガックリするでしょうが、先人のこの書は確実に励みになります。
『私はなぜ逮捕され、そこで何をみたか。』
著者;島村英紀 講談社文庫から16日に発行、定価;本体533円(税別)

●司法による人権侵害
裁判前に半年も接見禁止を解かず独房に拘置するなど、当地の感覚では前代未聞の人権侵害である。わたしは何度か、法制度の視察/研修に訪れる日本の裁判官に通訳として同行し、当地の裁判長や主任検察官と顔なじみ、北欧の裁判制度は承知しているつもり。決して誇張ではない。保釈拒否の理由は「証拠隠滅」。なんたって、北大は密告助手を含めた調査委員会を秘密裏にたちあげ、1年以上にわたって内密調査を行っているうえ、検察庁は内密に1年以上かけて綿密に捜索ずみである。そういうドロドロとした内幕は島村教授のスタイルではなく、お書きにならないが、これは自白強要のための許されない方便である。

●内部告発の扱い方
長期拘留はベルゲン大学側の担当であったミエルデ教授はもちろん、研究所の誰も想像できなかった衝撃だった。逮捕から年明けて『まだ拘留されています』とミエルデの師、セレボル名誉教授に電話で話したとき、老先生は絶句された。この事件は北大関係者に良識があれば、告訴というような警察沙汰になる内容ではない。『ベルゲン大学から島村教授の個人口座に振り込みの封筒が届いているのですが、何なのでしょうね』と最初から島村さんに相談していればすぐケリがつくこと。にもかかわらず島村教授に悟られないよう内密に、ベルゲン大学のミエルデ教授に口止めして会計書類やメール書簡をコピーして持ち帰ったのである。そして島村さんが極地研究所所長に選出されて北大を去ってまもなく、業務横領で告訴。(札幌地検の検事が当地にきたときは、この容疑での捜査だった。)

政府民間をとわず、組織の不正をあばく内部告発は必要で、トップは告発者を保護する義務がある。しかし告発者を内部調査員に任命し、被疑者の弁明も聞かずに秘密調査を行うことは法的にオーケーなのか疑問。公平を欠くのは明白。この時点で有罪へのシナリオができた。

●国際実務に弱い日本の大学事務局
島村教授はベルゲン大学が購入した地震計の代金は、実質研究費のためのお金だから、さほど問題視していなかった。ワキが甘かったと言えばまことその通りかもしれないが、大学の先生が他国の研究機関と共同プロジェクトをするときは細かい事など言っておれないのです。要はそのお金が私用に流用されたかだが、いくら調べて上げもそれは出てこなかった。あたりまえだ。同件の民事調停で研究できなくなった以上、代金を大学に戻して和解が成立している。しかし一人歩きした有罪への検察シナリオを止めることはできなかった。

●或る当地先生の経済感覚
ベルゲン大学の北極海底の地形調査の権威であるY・K教授は、ロシアの砕氷船をつかって共同研究をしたとき、船の修理やなんやかやと約束にない出費を迫られ、直さないとストっプすると脅かされた。ウソと判っていても予定の研究調査が出来なければ元も子もないので、言われるままに支払った。Y・Kさんの集めた研究費は大きな赤字です。年末、先生は大学の財政部から「すごいオーバーしたけどどうするつもり?」と質されたのです。オーバー分は大学側が支出したので、不正引き出しだが、悪気のない行為に弁償しろなどと無粋なことは言わない。が、先生はそこへゆくまでに弁償の足しにと、自宅のピアノを売ってしまった。さらに毎月の給料から差し引きを考えていたが、大学側はそこまでしなくて良い。プロジェクトは来年も決まっているし、数年続きそうなので毎年少しづつ研究費の借金に回しましょうということになった。私や島村先生と同じ世代の、この先生はわざわざ私の家まできてこの話を嬉しそうにするのでした。そして去る9月に東京で島村さんと会うことを告げると真剣な面持ちで「私の気持を充分伝えてくれ」と念を押された。

またある老H先生が堆積地質研所長のとき、領収書や先生がサインした支払い要請書など一切合切をスーパーの買い物袋に詰め込んでいて、年度末に事務員さんが悲鳴をあげたいましたっけ。島村先生の場合は、海外の大学機関から送金を受ける場合、受ける窓口がなかった。これは北大に限らず、文書は日本語でという厄介な制約があったり、いろいろ七面倒くさい手続きがいるので、そんなことをしていたらプロジェクトが動かない。仕方なく適当に処方を編み出すのは無理からぬことです。

●島村英紀は決して個人攻撃をしない
島村先生は個人攻撃をなさらない。意志的な美学というより『育ち』である。決して悪びれずしかも驕らないのもわたしは『育ち』だと理解している。いつもそうだ。科学的根拠から地震予知への批判を、学会/文部省に遠慮なく発言し批評を書かれるが、あいつやこいつへの個人攻撃は絶対されたことがない。ミエルデさんは証言で弁護側から相当な攻撃を覚悟していたが、法廷での弁護士尋問は非常にソフトだったとおどろいた。『あれは弁護士が私に厳しい質問をしないよう島村さんから言い含められたのではないか』と、感想を漏らしていました。

政界人物の回顧録などは貶めようとする敵対人物への個人攻撃に満ちていて、それが読みどころなのであるが、氏の著書『地球の腹と胸の内』でも『公認“地震予知を』疑う』でも淡々とおよそ憎悪の抜けた観察を述べておられる。河野太郎の気の利いた罵詈が好きなわたしにはどうも歯がゆいのですが。

わたしは本にある札幌地検の志村検察官とG事務官がベルゲン警察の協力を得て当地に見えたたとき、通訳、参考人調書および押収書類の翻訳に携わった者です。判決が出たいま秘守義務はない。いづれこの事件について私なりの考えを、心のわだかまり、思いの丈を述べたい気持は重々あります。(了)



Pnorama Box制作委員会

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