●チェロの最高峰
ロストロポーヴィッチの独奏を聴いた夕べは昂ってなかなか寝つけなかった。ナマで接したチェロ奏者ではヨーヨーマの神業にビックリ。悔やまれるがカザルスの演奏を聴いていないので、わたしにはロストロポーヴィッチの広く大きくふくらみのある音楽、心を包みこむ響きがいちばん素晴らしい。その彼が金曜日に亡くなりました。

とても愛らしい人、芸術家の良心と芸術の自由を教えてくれる人。ロロシアの偉大さは、ロシアの外で活躍した数えきれない芸術家によって知られる。帝政ロシアからソ連邦に移行したとき亡命した音楽家ではラフマニノフ、メニューヒン、オイストラッフ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、マーラー、ストラヴィンスキー。絵画ではシャガール、カンディンスキーなど、キラ星のごとく。こういう巨匠たちを追い出す政治がいかに無毛でバカな体制か、絶句ですね。

ロストロポーヴィッチ（以後R）は70-80年代にかけて弾圧されたDissident（反体制派）の国外脱出組にはいる。Rの場合はロシアで仕事ができなくなったので出国、のちにロシア市民権を剥奪されたのでエリツィンのときまでロシアを訪問できなかった。しかしRはアメリカを本拠に演奏と指揮で一回りもふた周りも巨匠になった数少ない成功者でした。

●亡命した反体制派芸術家の不幸
あのころのモスクワは五木寛之の『さらばモスクワ愚連隊』のようにかなり自由な雰囲気があり、芸術家がカフェーでたむろし、アングラ芸術が盛んだった。結局アクショーノフ、ネクラーソフのように追放されたり、自分で西側へ亡命した作家は多いが、殆どが根無し草となって開花しなかった。有名になったのはナボコフくらいか。Rがモスクワの自宅にかくまったソルジェニツインはアメリカに亡命後、創作のインスピレーションを失い現在隠遁老人である。

亡命さえ許されず軟禁され、それでも発言を持続したサハロフ博士、また亡命せずに体制を刺激しないようギリギリの活動をつづけた偉大なロシア人もいる。体制批判をショスタコーヴィッチは共産党に入党、その必要がなくなれば脱党して作曲活動に専念、これも賢明な方便とおもう。『雪解け』のエレンブルグはパリとモスクワを行き来し、危ない一線を越えないで素晴らしい作品を発表、パステルナークは悠々自適の晩年を避暑地で過ごした。かならずしも亡命したから自由に創作が進むとは限らない。創造活動にインスピレーションの源が不可欠だ。

●病院に見舞いに行ったプーチン
そう言う意味ではRは幸福でした。ひと月前、R80歳の誕生日を祝う祝宴を、プーチンが文化人や高官をクレムリンに集めて盛大に催しました。２月の初めにはプーチンがガン病院にRをお見舞いに行き、そのとき後は長くないと思ったのか、２月末に退院したRに国家功労最高勲章を自らRの胸に止めてあげた。このときの映像ではRの顔が細長く痩せていてちょっと見まごうくらいで、そうだったのかと今にして思う

しかしプーチンは同じ頃死期の迫ったエリツィンを見舞っていない。勲章も与えていない。葬儀にあたりエリツインの民主化功績に巧みに相乗りして、プーチンへの批判もエリツインへの批判もかわしたとわたしは理解している。

さて、Rの遺体エリツィンとおなじあのロシア正教カテドラルに安置され、３日目の日曜日に葬儀がおこなわれ、夫人の希望でエリツィンとおなじノヴォデヴィチ墓地に埋葬される。故郷バクーは石油基地の町に変貌して似つかわしくないもの。墓標はエリツィンから10メートルのところ、ほかに盟友ショスタコーヴィッチの墓もある。

●余談：カテドラルでのエリツィン葬儀の部分は前回にも書いたが国葬形式ではない。ロシア正教に則った儀式で弔意のゲストスピーチはなかった。賓客100人ほどといわれるなか、西側に流れたコマ切れ映像を見る限り、現役首長・閣僚級がが参列したのは旧ソ連から独立したCIS諸国だけのようだ。遺族に挨拶する順、着席する場所がキチンと決められていなかったとしかおもえない。賓客はメイジャー、ブッシュSr、クリントンにつづいて厚かましく若いサーカシビリが。最前列に着席したではないか。そしてその隣にいつの間にわりこんだかヤグラン（ノルウェー前首相、現国会議長）をみてあたしゃたまげた。テンで私的、エリツィンの娘は席を探している友達の歌手に『ここにおいで』と横に座らせる。教会での葬儀にプーチンの息はかかっていないのです。またプーチンは弔問外交をうけなかった。翌日の一般教書演説をチト書き直しもあっただろう。今日はNATOの計画するロケットショウにスゴミのある形相で警告しました。（了）