〔要点〕オスロ、2004年8月22日、開館直後のムンク美術館に押し入った覆面ピストルの二人組が、「叫び」と「マドンナ」という最も有名な2枚を強奪していった。先月31日、オスロ警察が2点を発見したと発表、だが発見の経緯を明らかにせず、開示拒否。
●見つかった絵の傷み具合
肉眼で見た学芸官の話によると、キャンバスに描かれたマドンナは画布の左下の部分に二つ引っ掻き傷があり、交差するところに直径3cmの穴ができた。それって大穴だぞ。しかし切り抜いて欠損した穴ではないので致命傷ではないらしい。また画布を張った背後の木枠が折れていた。
叫びは厚紙に描かれている。打ち当たったように角が折まがり、踏んづけられたため部分的に絵の具が剥離している。美術館の壁から引きはがす時、逃走時に手荒く扱われたので、これくらいなら予想よりはるかに良好だ。それは関係者の感激ぶりが示している。
●司法取引の疑い
ノルウェーにはデッカイことをやれる男はこの男しかいないと言われるダヴィッド・トスカという組織犯罪のリーダーで立案者がいる。この国史上最大の銀行強盗(NOKAS事件)の首謀者として当地では知らない者がいない。スペインの逃亡先で逮捕され現在服役中であるが、トスカがムンク絵画強奪に関わっていると言われてきた。
トスカの弁護士が服役待遇を条件に盗まれたムンク絵画の所在地明らかにすることで最高検察官室と取引が成立した……という報道がある。待遇とはある時期に仮釈放することや、上告の法廷で保釈禁止の訴追をしないこと。もちろんこの会合は非公式でメモもない。報道に対し、弁護士はノーコメント、最高検察官はTV討論番組で否定、法務大臣は服役は平等であり、待遇に差をつけるなどありえず司法取引は法律で許されていないと四角四面に答えるばかり。
世間の不満がつのる。警察官組合は我々現場で働く警察官への信頼を損なうやり方に納得できない。組合委員長は最高検察官に書面で「経緯をつまびらかにせよ」と要求した。
NOKAS事件の有罪者は殆どが上告しており、その裁判が来週から始まる。その法廷で警察がどうやって隠し場所を知ったか、トスカと取引があったか、いずれ明らかになるだろう。
●ムンク・ドロボーで有罪判決を受けた3人は?
この3人は、NOKAS事件と関係なく、ムンク絵画強奪で有罪判決を受けた。7人が起訴され3人が各8年、7年、4年の刑で服役中である。で、この3人がいちばん喜んでいる。以前コラムに書いたように巨額の賠償も課されたが、これを検察官が再請求しないことになった。再審で無罪だってありえる。
だいたい初期捜査でその年の12月まで隠し場所を掴んでいたにもかかわらず、犯行の中心人物を一網打尽にする思惑で泳がしているうちに、叫びとマドンナの行方がわからなくなったのでした。
●ムンクは同じ絵を何枚も描いた。
国立美術館にあった「叫び」は94年に窓からハシゴで侵入したドロボーに盗まれ、3ヶ月後に見つかった。画家ムンクは、執拗に同じテーマを描く。売れ筋だから多作した画家とはちょっと違う。頭から離れないこだわり、ほとんどマニアックである。「叫び」は何枚描いただろう、木版バージョンも含めると数十枚はある。ムンクが生きていれば、自分の絵の2枚や3枚、盗まれたって意にも介さないだろうという評論家がいるが、私もそう思う。(了)