● 知りそめし菩提樹の下
ミロセヴィッチの葬儀がおわった。ベオグラードの追悼式では3〜5万人の支持者と、出生地モポジャレバツの葬儀に2万人が集まったらしい。予想より多い。映像からはそんな風には見えないが『バルカンの殺戮者』には、出来すぎたエンディングでした。ただし追悼式は社会党新スタートの区切りであり、ミロセヴィッチ元党首との訣別である。それならということで実際は政府もすこし手伝ったのです。
ミラ夫人も一緒に入れるよう掘られたダブルの墓穴に、一足さきに棺が下ろされた。土葬ですね。欧州の墓地は、特に都市部では拡張が難しく上に重ねて埋葬する。ミロソヴィッチの故郷は共産時代の侘しげな工場地、まだ好きな所へ墓石をたてる余裕が有るようだ。まだ高校生だったスロボとミラが菩提樹の木の下で初めてキスしたというお話の、その菩提樹の下に埋められた。だが故郷の妹は姿を見せない。慎ましいエピソードにしては、モスクワの妻.息子のマルコ、兄は葬儀に帰らず、送られたマルコの弔辞はゲキ文のよう。
菩提樹の下の二人は後に結婚、夫は大統領になり、25万人が死んだ4っの戦争を引き起こした。権力をカサにきた夫人はチトー夫人のように傲慢にふるまい、夫を操つり政治に口出しするようになった。人間変わるものですね。民主的でない国の権力者は、体制を維持するために敵を平気で殺す。部下にそれとなく命令し、部下は意をくんで政敵を殺害し、対立する民族を虐殺する。
●手を汚さない親分たち
そうやって、スターリン、サッダム、カリモフ、ポルポト、イディ・アミン、ムガベ、ミロセヴィッチたちは権力を維持したが、虐殺の土地、人数、手段と方法な詳しく指示した書類などない。ミロセヴィッチは法廷で、部下がやったこと、兵士がやったことで知らないと突っぱねている。サッダムも最高責任は大統領である自分にあるとしながらも、末端の大量殺害はいちいち知っちゃおらんという態度。
有罪を立証するために膨大な状況資料や証人を集めなきゃならない。虐殺や圧政など、トップの責任に及ぶケースでは客観的な状況でよいのでは。法律的にはウルサイ問題ですね。アブグレイド刑務所でおきた囚人虐待の責任が、現地司令官クラスにまであってよいとおもう。
●チャーミングな冷血漢
さて、米ソの変わり種、ラムゼイ・クラーク元司法長官とジュガーノフ共産党党首この追悼式に出席した。クラーク氏はサッダムの弁護人である。この人はハーグ戦犯法廷がどうこうではなく、ミロセヴィッチのべったりファンでいらっしゃる。ウイスキーをやりながらミロセヴィッチと意気投合した政治家はクリントンさんをはじめ、ジョン・メイジャー、EUではソラナの前の……名前が出てこない……、など、しかし、何度か会っているうちに正体を見破った。ワーストは国連特別代表でコソボ調停にあたった明石泰である。当時、明石氏はカラディッチのことも悪く言わなかったので唖然とした。カンボジアで成功したのは幸運、マグレですね。
「ミロセヴィッチ 1941−2006」、質素な墓石に記された文字はこれだけ、ほかに書きようがあろうか。(了)