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カイロで告別、ラマラに埋葬
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〈 Thu, 11 Nov 2004〉
アラファトのニュースはもういい。癪にさわる……と愚痴りながら佳境にはいってきたのでまた書いてみるわたし。集中治療室のベッドに危篤状態で一週間もいると内蔵・血管が溶け出して輸血ができなくなる。よく知らないがボロボロになるだけでしょ。そこまで身体をいためるのは残酷だ。だが生命維持装置を【治療中】とするアラブ社会ではスイッチを切るなんて残酷らしい。シャース外相や最後に面会したイーマンも切らない、言外だと怒った。じゃスハさんが切らないと文句いうこたあななかったのに。
●ムカタ(大統領府)に埋葬 アッラーの思し召しを待つあいだ、葬儀の準備が着々と進んでいる。ラマラ大統領府【ムカタ】の前はイスラエルの爆撃あとを見せるためそのままにしてあったガレキの山ブルドーザーでたちまち片付けてしまった。ガレキはアラファトの軟禁と苦難をより演出するために遺してあったのです。ここに埋葬する、廟は徐々に造るだろう。 この建物はイギリス統治時代に警察署として建てられ、ヨルダン領時代は軍の司令部、イスラエルが占領して市役所に(平和的ですぞ)、パレスチナ自治政府が成立しPLOアラファト一味がガザから引っ越して政府・評議会本部になった。名称は大統領府。そしていまアラファト議長の廟が併設される。そろそろこの建物とおさらばする潮時です。晴れてパレスチナ国家成立の際は、新庁舎が欲しい。それくらいのお金はアラファトがすくねた蓄財でおつりがくるわな。まったく建国の父が聞いてあきれる。 ●カイロで告別式、参列者の顔ぶれ アラブの盟主を自称するムバラクの申し出を受けて、遺体はまずエジプトへ、カイロ空港でお別れの儀式が行われる。アラファトはカイロ生まれであるがそれとこれは特に関係なく、海外賓客が治安上パレスチナより集まりやすいいからだろう。すでにアラブ諸国の首長級がつぎつぎ到着、中東にヨイショのシラクさんが出席するという。ドイツはフィッシャー外相が、西側の大物はそれくらいでイギリス、ロシア、スペインは副外相を送る。新政府との将来性に期待してこれでも相当フンンパツしているのである。国連からアナンは出ない。中東担当のラーセンが喜んで代理します。 ●延命させて、葬儀は特急 アッラーの思し召しが1両日と見積もって、はやければ今日の木曜日、金曜日にはカイロの葬礼が行われるだろう。で、カイロからアンマン経由で翌日にラマラ到着、そこで埋葬される手順である。本命のガザが落ちて、ボツと予想したラマラになるとは、わが眼力も落ちたのう。いったん他界すればなぜそんなに急ぐのか、これも腑におちなかった。聞くところによるとイスラム教では死後24時間以内に埋葬する習慣だそうで、暑いから日持ちが悪いからだと見当がつく。いまのラマダンは日暮れてから食べるので元の意味はなくなったが、断食は胃腸の虫下しという実利衛生的な効果があったそうだ。 さて、アメリカは誰をおくるだろうか。パウエルさんが行けと指示されたらその場で辞任だネオコンは送れないし……。アラファトは30代でPLO議長に収まって以来、在任中に6人もの米大統領と面識がある。仲良しだったカーターさんあたりを送ればという人がいる。適任だとおもいますね。木曜日はブレアがホワイトハウスで再選後のブッシュとイラクやポスト・アラファトを話し合う。アラファト葬儀など外野にまかせよう。(了) |