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ナジャフ明け渡し
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〈 Fri, 27 Aug 2004〉
長らく休んでおりました。友ありて日々是好日の毎日、すっかりニュース、国際情勢から遠ざかり、気になるのは明日の天気予報ばかりという遊び生活。が、その間、世界はなんとめまぐるしいことか、オリンピックなどは所詮ヒマ人の娯楽でありまして、ダルフールの悲惨、カラチとダッカの爆破テロ、モスクワ発旅客機2台を同時爆発はロシア政府が箝口令を敷いているが、このロシア版9,11はあきらかにチェチェン絶望テロの仕業、貧困と暴力に苛まれる国ではオリンピックそのものが退廃である。
オスロのムンク美術館からはコレがないと美術館の存在意義がないという、最大の目玉【叫び】と【マドンナ】が館内見学者の眼前で盗まれた。実行犯グループはこれまた明らかにオスロの移民ギャングたち……貧困と暴力の租界住民である。 ●シスタニに擦り寄るサドルとアラウィ政府 イラク警察+米軍とサドル師のマヘデイ軍の抗争が3週間も続いて、最後はロンドンから帰ったアヤトラ・シスタニ師にとり縋る格好でサドルは面目をたもち、くだらない顛末になったものだ。アリ廟にたて篭っていた民兵は米軍の空爆と戦車で一人欠け十人欠け、すでに総勢100人足らずに減っていた。もうしばらくたてば民兵は霧散してしまっただろう。すでにイラク国民はサドルの武力挑戦に辟易していたので、イラク軍が突入して残るマヘディ軍を全員捕縛してよかったのだが、終わってしまったことに愚図っても詮無きことだが。 聖廟にたて篭るのは良いが、聖廟を攻撃するのは断じて許さない勝手流のもと、移行政府は米軍に廟内への攻撃を許可しなかった。アラウイ首相もまたシーアの宗教最高指導者シスタニ師に平和解決を託し、要するに帰国したアヤトラに縋るザマ。 さて大アヤトラ・シスタニ師とは何者か、心臓発作の懸念からプライベートにロンドンの病院に入院したことからオカシイ。一応手術をしたが、ロンドン雀のウワサでは手術するほどの病気ではないらしい。そしてちょうどサドルがもうダメだというころで政府、サドル側近了サイドの仲介願いに応じて、民兵解散をまとめたのでたいへんな実力者と畏敬するメディアがある。政府、治安軍ができなかったことをたちどころに成し遂げた偉大な指導者とか褒め上げて、軽率だな。 ●シスタニとサドル親子 サドルの父親はフセインに邪魔者と看做されl殺されている。シスタニ師は監禁されたたが、注意深く政治的言動をさけて生き延びた。国外追放になったが自らフセインに反抗した同僚とはちがう。指導者グループのなかではうまく立ち回り、一人生き延びた故に現在の地位にある。殺された父サドルから見れば唾棄すべき同僚だろうに、その息子ムクタダ点サドルはいま窮地にあるためか、シスタニ師にしたがった。シスタニはその経歴、処世術から政治にあまりタッチしない主義だが、説教はまいど政府批判を口にする。サドルも宗教者は政治に参加すべきではないという。で、やることは政治テロなんだからアホらしい。また実際に二人が会談したしのではなく、意をうけたを互いの代表が交渉してマヘディ軍は武器を捨てて 解散、ナジャヤフとクーファを非武装地帯に、ムクタディは逮捕されないことで同意した。 ●シーア内部抗争のはじまり したがって、マヘディ民兵もサドルの無傷で放免されたわけで、根絶どころかサドル一派は手厚く温存される。クーファでシスタニ支持派が集まっているところに砲弾が打ちこまれ、74人が死亡した。誰が砲弾を撃ち込んだか、ジュッチュウハック停戦と民兵解散を阻止しようとする過激派、サドルに近い過激派の仕業、シスタニ側とサドル側の内部抗争、今後はこの手のカウンターテロが頻発するような感じがする。(了) |